休日にゆっくりと好きなアニメやマンガの世界に浸る時間は、何物にも代えがたいリラックスタイムですよね。特にファンタジーやミステリーがお好きな30~40代の皆さまなら、きっと「次は何を読もうか、観ようか」と新しい出会いを常に探しているのではないでしょうか。
もしあなたが、ただのファンタジーでは物足りず、知的好奇心をくすぐるような、それでいて心に深く残る物語を求めているなら、ぜひ手に取っていただきたい作品があります。それが、今回ご紹介する『中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。』です。
この作品は、一見すると学園を舞台にした怪談話のようですが、その実態は緻密なロジックで怪異の謎を解き明かす本格ミステリー。この記事では、そんな『中禅寺先生物怪講義録』がなぜこれほどまでに面白いのか、その世界観からキャラクター、ストーリーの魅力に至るまで、徹底的に解説していきます。さあ、あなたも図書準備室の扉を開けて、その奥深い世界を覗いてみませんか?
中禅寺先生物怪講義録の世界を探る
物語の面白さは、その世界観によって大きく左右されます。『中禅寺先生物怪講義録』が多くの読者を引きつけてやまない理由の一つは、その独特で緻密に構築された世界設定にあります。ここでは、物語の舞台となる時代背景から、作品が持つ特別な立ち位置まで、その世界観の核心に迫ります。
舞台は戦後間もない昭和23年、懐かしくも新しい東京
この物語の舞台は、戦争の傷跡がまだ生々しく残る昭和23年(1948年)の東京です。この時代設定が、単なる背景にとどまらない重要な意味を持っています。戦後の社会は、古い価値観が崩壊し、新しい秩序がまだ確立されていない、まさに混沌の時代でした。人々の心には将来への不安や喪失感が渦巻き、それが噂や迷信、そして「怪異」が生まれる土壌となっていたのです。
作中で起こる「図書室の幽霊」や「青マント」といった事件は、こうした社会全体の不安定な心理を映し出す鏡のような存在です。物語は、この「昭和レトロ」な雰囲気を巧みに描き出しており、当時を知る世代には懐かしさを、知らない世代には新鮮な魅力を感じさせます。
特に2025年に放送されたアニメ版では、この時代考証が徹底されています。例えば、当時のメガネによく見られた、耳にかける部分が螺旋状になった「巻つる」のデザインや、看板の文字が右から左へ読む古い形式と左から右へ読む新しい形式が混在している様子、羊羹が来客をもてなすための高級品であったことなど、細部にわたる描写が物語に圧倒的なリアリティを与えています。これらのディテールは、怪異という非日常的な出来事を、確かな手触りのある日常の中に根付かせ、物語の説得力を格段に高めているのです。
京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」への完璧な入門書
「京極夏彦」という名前に、分厚い本と難解な物語を連想し、少し気後れしてしまう方もいるかもしれません。確かに、彼の代表作である「百鬼夜行シリーズ」は、その重厚で濃密な世界観で知られています。しかし、ご安心ください。この『中禅寺先生物怪講義録』は、そんな広大で深遠な「京極ワールド」への、これ以上ないほど親切な入り口なのです。
本作は、百鬼夜行シリーズの主人公・京極堂こと中禅寺秋彦が、古書店主になる前の若き日を描いた、完全オリジナルのスピンオフ作品です。本編が持つ重く陰鬱な雰囲気とは一線を画し、学園を舞台にした軽快なテンポの怪異譚として描かれているため、非常に読みやすく、ミステリー初心者でも気軽に楽しむことができます。
これは、いわばシリーズの魅力を新しい世代に伝えるための、巧みな戦略とも言えるでしょう。本編の持つ哲学的な深さや複雑な人間関係という高いハードルを、まずは「学園青春怪異奇譚」という親しみやすいフォーマットに落とし込むことで、読者は自然と中禅寺の独特な思考法や世界観に慣れ親しむことができます。本作は単なるスピンオフではなく、京極夏彦という巨大な才能の森へ迷い込むための、最も安全で楽しい「遊歩道」の役割を果たしているのです。
「この世に不思議なことなど何もない」――作品を貫く哲学
本作のタイトルには「物怪(もののけ)」という言葉が含まれていますが、これは決してオカルトやホラーストーリーではありません。物語の根幹を成すのは、主人公・中禅寺秋彦が口癖のように言う「この世に不思議なことなど何もない」という一貫した哲学です。
物語の中で起こる奇々怪々な事件は、すべて中禅寺の冷静な推理と博識によって、最終的には「人間の仕業」として論理的に解き明かされていきます。彼の行う「憑き物落とし」とは、超常的な力で悪霊を祓うことではありません。それは、複雑に絡み合った人間の感情や嘘、誤解、そして隠された真実を言葉によって解きほぐし、人々を恐怖や呪いの思い込みから解放する、知的なカウンセリングなのです。
この物語が私たちに教えてくれるのは、本当の「物の怪」とは、超自然的な存在ではなく、私たち自身の心の中に潜んでいるということ。嫉妬、憎悪、悲しみ、そして愛情といった、どうしようもなく人間的な感情こそが、時に最も不可解で恐ろしい「怪異」を生み出すのだと、この作品は静かに語りかけてきます。
中禅寺先生物怪講義録のストーリーの魅力は何ですか?
物語の世界観がどれほど魅力的でも、ストーリーそのものが面白くなければ読者はついてきてくれません。その点、『中禅寺先生物怪講義録』は、読者を飽きさせない巧みな物語構造を持っています。ここでは、そのストーリーテリングの妙に迫ります。
学園怪異譚と本格ミステリーの絶妙な融合
物語は、「図書室の幽霊」「赤い紙・青い紙」「怪人青マント」「ドッペルゲンガー」といった、誰もが一度は耳にしたことのあるような学校の怪談や都市伝説から始まります。この親しみやすい導入が、読者を一気に物語の世界へと引き込みます。まるで子供の頃に感じた、怖いけれど知りたくてたまらない、あのドキドキ感を思い出させてくれるのです。
しかし、この物語の真骨頂はここからです。一見すると超常現象にしか思えないこれらの怪異が、中禅寺先生の登場によって、鮮やかな本格ミステリーへと姿を変えるのです。彼は、怪談というオカルトの皮を一枚一枚剥いでいき、その下にある論理的な事件の核を暴き出します。
この「怪談からミステリーへ」という華麗な転換こそが、本作最大の魅力です。ファンタジー的なワクワク感を楽しみつつ、同時に知的な謎解きの満足感も味わえる。この絶妙なジャンルの融合が、物語に他にはないユニークな読後感を与えています。幽霊を期待して読み始めたら、いつの間にか名探偵の推理に夢中になっていた――そんな贅沢な体験ができるのです。
テンポの良い一話完結形式でサクサク読める
忙しい毎日を送る私たちにとって、長大な物語を追いかけるのは時に骨が折れるものです。その点、『中禅寺先生物怪講義録』は、基本的に1話から数話で完結する短編形式で構成されているため、非常にテンポよく読み進めることができます。
休日の夜や通勤の合間など、ちょっとした時間を見つけて一つのエピソードを読み終え、すっきりとした解決のカタルシスを味わうことができる。この手軽さは、現代のライフスタイルに完璧にマッチしています。複雑な伏線を長期間記憶しておく必要もなく、どのエピソードから読んでも楽しめるため、まさに「大人のための上質な娯楽」と言えるでしょう。重厚な物語も良いですが、時にはこのように軽やかに楽しめる、それでいて中身の濃い物語が心地よいものです。
怪異の正体は「人の心」にあり
物語を読み進めるうちに、私たちはある事実に気づかされます。それは、すべての怪異の根源が、結局は「人間の心」に行き着くということです。
例えば、自分とそっくりの人間を見てしまう「ドッペルゲンガー」事件の裏には、複雑な家庭環境と隠された家族の秘密がありました。幽霊騒ぎも、誰かの嘘や悪意、あるいは切ない願いが形を変えたものだったりします。中禅寺先生の「憑き物落とし」は、単に事件のトリックを暴くだけではありません。彼は、なぜその人物がそのような「怪異」を生み出さなければならなかったのか、その心の奥底にある動機や苦しみまでをも解き明かします。
それは、謎を解くという行為を通じて、傷ついた人々の心を救済するプロセスでもあります。だからこそ、事件が解決した後に残るのは、恐怖ではなく、人間という存在の愛おしさや哀しさなのです。この深い人間ドラマが、物語に忘れがたい余韻と感動を与えています。
作品に登場するキャラクターの魅力はどのように描かれているのですか?
どんなに優れたストーリーでも、それを動かすキャラクターに魅力がなければ、物語は輝きません。『中禅寺先生物怪講義録』が多くのファンを魅了する最大の理由は、一度見たら忘れられない、個性豊かで人間味あふれる登場人物たちにあります。
仏頂面教師と元気な女子高生――最高の凸凹コンビ
この物語の中心にいるのは、国語の臨時講師である中禅寺秋彦と、彼の教え子である高校2年生の日下部栞奈です。この二人の関係性こそが、物語の最大の駆動力と言えるでしょう。
中禅寺先生は、常に不機嫌そうな仏頂面で本を読みふけり、人付き合いを嫌う皮肉屋です。その鋭い眼光と人を寄せ付けないオーラは、時に脅迫的ですらあります。一方の栞奈は、好奇心旺盛で活発、そしてかなりの食いしん坊という、どこにでもいる元気な女子高生です。
この正反対の二人が織りなす「凸凹コンビ」のやり取りが、本作の大きな魅力です。中禅寺は、その膨大な知識と論理で世界を分析しますが、人間そのものにはあまり興味がありません。彼の知性は、時に冷たく、非人間的にさえ映ります。
そんな彼を人間社会に引きずり出すのが、栞奈の存在です。彼女の、時に無鉄砲とも思えるほどの共感力と行動力が、閉ざされた図書準備室に事件を持ち込み、中禅寺を動かす唯一の力となります。
栞奈は、私たち読者と同じ目線で怪異に怯え、悩み、そして真実を知りたいと願う、いわば「共感の代理人」です。彼女がいるからこそ、中禅寺の難解な講義も、単なる知識の羅列ではなく、心を救うための言葉として響いてくるのです。中禅寺が物語の「頭脳」であるならば、栞奈は間違いなく物語の「心臓」。この二人が揃って初めて、『中禅寺先生物怪講義録』という物語は、温かい血の通った生命を宿すのです。
若き日の中禅寺秋彦:後の「京極堂」の片鱗
本作の主人公、中禅寺秋彦は、後の百鬼夜行シリーズで「京極堂」として知られる拝み屋の若き日の姿です。まだ古書店を開く前、彼は一介の臨時講師として教壇に立っています。
しかし、その片鱗はすでに随所に見られます。どんな怪異を前にしても動じない冷静さ、鋭い観察眼、そして一度語り始めると止まらない、民俗学や宗教学、心理学にわたる膨大な知識、通称「蘊蓄(うんちく)」は健在です。
原作ファンにとっては、あの京極堂がどのようにして形成されていったのか、その「オリジン・ストーリー」を垣間見ることができるのは、たまらない魅力でしょう。また、本作で初めて彼に出会う読者にとっては、無愛想でとっつきにくいけれど、いざという時には圧倒的な知性で道を照らしてくれる、非常にユニークで魅力的な探偵役として映るはずです。彼の役割は、まさに「先生」。生徒である栞奈や私たち読者に、世界の「不思議」の正しい見方を講義してくれる、最高の教師なのです。
榎木津、関口、木場――お馴染みの面々の青春時代
本作の楽しみは、中禅寺と栞奈のコンビだけではありません。百鬼夜行シリーズでお馴染みの人気キャラクターたちが、若き日の姿で登場し、物語に彩りを添えてくれます。
左目に眼帯をした美貌の天才で、他人の記憶が見えるという特殊能力を持つ探偵・榎木津礼二郎。極度の対人恐怖症に悩みながらも創作を続ける、鬱気味な作家・関口巽 。そして、榎木津の幼馴染で、実直な派出所勤務の警察官・木場修太郎 。
彼らがまだ何者でもなかった時代の、青臭くも瑞々しい姿が描かれるのは、長年のファンにとっては何よりの贈り物です。彼らがどのようにして出会い、関係を築いていったのか。その一端に触れることで、本編の物語がより一層深く味わえるようになります。もちろん、本作から入った方々も、これらの強烈な個性を持つ脇役たちの魅力にすぐに気づくはず。彼らの存在が、物語の世界をより豊かで立体的なものにしています。
主要登場人物と関係性
物語をより楽しむために、主要な登場人物たちの関係性を一覧にまとめました。個性豊かな彼らの繋がりを把握すれば、物語の面白さが倍増すること間違いなしです。
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キャラクター |
声優 |
役割・特徴 |
中禅寺との関係 |
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中禅寺 秋彦 |
小西 克幸 |
主人公。博識で仏頂面の国語臨時講師。怪異を論理で解体する。 |
– |
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日下部 栞奈 |
前田 佳織里 |
もう一人の主人公。好奇心旺盛な女子高生。事件を中禅寺に持ち込む。 |
先生と生徒 |
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榎木津 礼二郎 |
立花 慎之介 |
美貌の天才。他人の過去が見える特殊能力を持つ。 |
学生時代からの腐れ縁 |
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関口 巽 |
西地 修哉 |
鬱気味の作家で粘菌研究者。極度の対人恐怖症。 |
学生時代からの友人 |
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木場 修太郎 |
星野 貴紀 |
実直な警察官。榎木津とは幼馴染。 |
友人 |
中禅寺先生物怪講義録の読み方と楽しみ方
『中禅寺先生物怪講義録』の魅力が少しずつ伝わってきたでしょうか。ここでは、この奥深い作品をさらに楽しむための、いくつかのヒントをご紹介します。
まずは気軽に一話。怪異の謎に挑戦してみよう
本作の最大の利点は、その読みやすさにあります。まずは難しく考えず、気になるエピソードを一つ、気軽に手に取ってみてください。例えば、物語の始まりである「図書室の幽霊」事件。栞奈と一緒に夜の旧校舎を探検するような気持ちで、怪異の謎に挑んでみましょう。「なぜ幽霊は現れるのか?」「その正体は何なのか?」と、中禅寺先生が答えを明かす前に、自分なりの推理を巡らせてみるのです。
このように、物語をただ受け取るだけでなく、積極的に謎解きに参加することで、読書体験はよりインタラクティブで刺激的なものになります。そして、自分の推理と先生の鮮やかな解答を比べた時、そのロジックの美しさにきっと感嘆するはずです。
原作ファンならニヤリとする小ネタを探す楽しみ
もしあなたが百鬼夜行シリーズの長年のファンであるなら、本作はまさに「宝探し」のフィールドです。物語の随所に散りばめられた、未来の物語へと繋がる小ネタや伏線を探す楽しみがあります。
例えば、中禅寺が妻の千鶴子(CV: 茅野愛衣)や妹の敦子(CV: 降幡愛)と交わす何気ない会話。これらは、後のシリーズで描かれる彼らの深い絆や複雑な関係性を知っているからこそ、より味わい深く感じられます。若き日の関口や榎木津の言動に、後の彼らの姿を重ねてみるのも一興でしょう。物語の表面をなぞるだけでなく、こうした隠された繋がりを見つけ出すことで、作品世界は無限に広がっていきます。
昭和の空気感に浸る――物語の背景を味わう
物語をより深く楽しむためのもう一つのコツは、その背景にある「昭和23年」という時代の空気感に意識的に浸ってみることです。特にアニメ版は、そのための最高の教材と言えるでしょう。
画面の隅々に描かれる当時の風俗や文化に注目してみてください。登場人物が使う言葉遣い、着ている服、食べているもの。例えば、作中に登場するプリンアラモードは、戦後、横浜のホテルで生まれたと言われています。そのデザート一つをとっても、当時の物流や食文化を反映した食材で描かれており、制作陣のこだわりが感じられます。
こうしたディテールに目を向けることは、単なる豆知識を得る以上の意味を持ちます。それは、キャラクターたちがどのような世界で、何を当たり前として生きていたのかを肌で感じることです。この時代への理解が深まるほど、彼らの行動や感情がよりリアルに、そして切実に感じられるようになり、物語への没入感は格段に増すでしょう。
中禅寺先生物怪講義録がアニメ化されたことでどんな新たな視点が生まれましたか?
2025年のアニメ化は、『中禅寺先生物怪講義録』という作品に新たな命を吹き込み、多くの視聴者にその魅力を届けました。文字と絵で構成されたマンガの世界が、色と音、そして動きを持つことで、どのような新しい視点や体験が生まれたのでしょうか。
映像で蘇る昭和23年の日常風景
アニメ化の最大の功績は、マンガでは読者の想像に委ねられていた「昭和23年の日常風景」を、鮮やかな映像として私たちの目の前に再現してくれたことでしょう。
夕暮れの校舎に差し込む光の色、登場人物たちが歩く街の喧騒、そして彼らが暮らす家の生活感。古い木造校舎の階段のデザインに至るまで、細やかな時代考証に基づいて描かれた世界は、まるでタイムスリップしたかのような感覚を視聴者に与えます。この視覚的な情報量が、物語のリアリティと没入感を飛躍的に高めました。文字で「戦後の東京」と読むのと、その空気感まで再現された映像を見るのとでは、体験の質が全く異なります。アニメは、この物語が持つノスタルジックな魅力を最大限に引き出してくれたのです。
声優陣の熱演がキャラクターに命を吹き込む
キャラクターの魅力が重要な本作において、声優陣の存在は欠かせません。アニメ版では、実力派の声優たちがキャラクターに魂を吹き込み、その魅力を何倍にも増幅させています。
特に、中禅寺秋彦を演じる小西克幸さんの演技は特筆すべきものです。その低く、知的で、それでいてどこか剣呑な響きを持つ声は、仏頂面の下に隠された中禅寺の圧倒的な存在感とカリスマ性を見事に表現しています。
また、日下部栞奈を演じる前田佳織里さんの、明るく生命力にあふれた声は、栞奈のキャラクターに完璧にマッチし、視聴者が彼女に感情移入するのを助けてくれます。
彼らの声を通じて交わされる軽妙な会話劇は、マンガを読むだけでは味わえない、アニメならではの大きな楽しみです。声という要素が加わることで、キャラクターたちの感情の機微がよりダイレクトに伝わり、彼らがもっと身近で愛おしい存在に感じられるのです。
アニメならではのテンポ感と解釈
一方で、アニメ化は原作の魅力を再解釈するプロセスでもあります。アニメ版は、原作の持つ複雑なロジックや重厚なテーマを、より多くの視聴者が楽しめるように、軽やかでテンポの良い作風に仕上げています。
この点は、一部の視聴者から「物足りない」「演出が平均的」といった評価も受けました。しかし、これにはメディアの特性が深く関わっています。京極作品のクライマックスは、中禅寺による長大な「憑き物落とし」の独白であり、それは本質的に「知的なカタルシス」です。これを派手なアクションシーンのように、視覚的にスペクタクルなものとして描くことは非常に困難です。
アニメ制作陣は、無理に視覚的な派手さを追求するのではなく、キャラクターの掛け合いや昭和の雰囲気作りといった、アニメーションが得意とする領域に注力する道を選んだのでしょう。その結果、アニメ版は、原作の持つ深い知的満足感をそのまま再現するというよりは、この世界の雰囲気やキャラクターの魅力を伝えるための、最高の「入門編」としての役割を担うことになりました。原作の深淵に触れる前のウォーミングアップとして、まずはアニメでその世界観に触れてみる。これもまた、一つの正しい楽しみ方と言えるでしょう。
読者が物語に引き込まれる要素はどこにあるのでしょうか?
これまで様々な角度から本作の魅力を解説してきましたが、最終的に読者の心を掴んで離さない「引力」の正体は何なのでしょうか。ここでは、物語が持つ中毒性の核心にある3つの要素を改めて整理します。
「呪い」が「論理」に変わる瞬間のカタルシス
本作が提供する最も強烈な快感は、不可解で恐ろしい「呪い」が、中禅寺先生の言葉によって明快な「論理」へと姿を変える、その瞬間にあります。何が起こっているのか分からず、ただ怯えるしかなかった状況が、一つの理路整然とした「事件」として再構成される。この知的などんでん返しは、最高のカタルシスをもたらします。
それは、まるで複雑に絡まった糸が一本の線に解きほぐされるような、あるいは暗闇に閉ざされた部屋に光が差し込むような感覚です。この世のどんな「物の怪」も、正しく理解し、分析すれば、決して恐れるに足らない。そう教えてくれる中禅寺の講義は、私たちに「知性」という最強の武器を与えてくれる、一種のエンパワーメントでもあるのです。
主人公・栞奈の視点を通じた共感
もしこの物語の語り手が、超人的な知性を持つ中禅寺先生だけだったら、それは非常に難解で学術的な読み物になっていたかもしれません。しかし、私たちには日下部栞奈という、最高の案内役がいます。
私たちは栞奈の目を通して事件を目撃し、彼女と同じように恐怖や混乱を感じ、そして彼女と一緒に中禅寺先生の講義に耳を傾けます。彼女の素直な驚きや疑問が、私たち読者の気持ちを代弁してくれるからこそ、中禅寺の難解な話もすんなりと頭に入ってくるのです。この「読者と同じ目線」を持つキャラクターの存在が、物語への感情移入を深くし、私たちを物語の当事者にしてくれます。
知的好奇心をくすぐる蘊蓄(うんちく)の数々
中禅寺先生の長台詞は、このシリーズの名物です。民俗学、心理学、宗教学、歴史など、あらゆる分野にわたる彼の蘊蓄は、一見すると物語の進行を妨げているように思えるかもしれません。しかし、知的好奇心の強い大人にとって、これらは最高の知的エンターテインメントです。
「へえ、あの妖怪の由来はそういうことだったのか」「なるほど、昔の人はそんな風に世界を見ていたのか」と、物語を楽しみながら、新しい知識が自然と身についていく。この「学びの喜び」が、他のミステリー作品にはない、本作ならではの大きな魅力となっています。ファンタジーやミステリーが好きな方は、きっとこうした深い世界設定や蘊蓄にも魅力を感じるはずです。
読者や視聴者にとって、この作品の最初の入り口としての魅力は何ですか?
ここまで読んでくださったあなたも、きっと『中禅寺先生物怪講義録』の世界に足を踏み入れたくなってきたのではないでしょうか。最後に、この作品が「最初の一冊」「最初の一話」として、いかに優れているかをまとめておきましょう。
ホラーが苦手でも楽しめる「怖くない」怪異ミステリー
「怪異」や「物怪」という言葉に、ホラーやオカルトを連想して躊躇してしまう方もいるかもしれません。しかし、本作は血生臭い惨劇や読者を怖がらせるためのショック描写はほとんどありません 3。あくまで中心にあるのは謎解きと人間ドラマであり、後味は非常に軽やかです。怖い話は苦手だけれど、不思議な話には興味がある、という方にこそ、ぜひおすすめしたい作品です。
魅力的なキャラクターと軽快な会話劇
物語の導入として最も強力なフックは、やはり魅力的なキャラクターたちです。仏頂面の中禅寺先生と元気な栞奈のコミカルでテンポの良いやり取りは、読み始めてすぐにあなたを笑顔にしてくれるでしょう。そこに榎木津や関口といった個性的な面々が加わり、物語はさらに賑やかになります。まずは彼らの会話劇を楽しむだけでも、この作品に触れる価値は十分にあります。
「京極夏彦作品は難しそう」というイメージを覆す読みやすさ
そして何より、この作品は「京極夏彦作品は難しくて分厚い」という先入観を、見事に打ち破ってくれます。本作は、京極ワールドの持つ知的な面白さや哲学的な深さのエッセンスを、誰にでも楽しめるエンターテインメントとして再構築した、最高の入門書です。ここで中禅寺先生の魅力に触れれば、きっとあなたも、さらにその奥にある広大な「百鬼夜行」の世界を探検したくなるはずです。
クロージング・中禅寺先生物怪講義録の楽しみ方
『中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。』は、単なる学園ミステリーの枠に収まらない、非常に豊かで多層的な魅力を持った作品です。
それは、戦後という激動の時代を切り取ったタイムカプセルのようであり、不可解な現象の裏に隠された人間の心の綾を解き明かす心理ドラマでもあります。そして何より、この世の「不思議」と向き合うための「知性」という武器の素晴らしさを教えてくれる、最高の講義録なのです。
もしあなたが日々の生活に少し疲れて、知的な刺激と心温まる物語を求めているのなら、ぜひ本作を手に取ってみてください。マンガから入るもよし、アニメから入るもよし。どちらからでも、きっとあなたは中禅寺秋彦という稀代の知識人と、日下部栞奈という最高の相棒に出会い、夢中になることでしょう。
さあ、物語の扉は開かれました。あなたも栞奈と一緒に、あの仏頂面の先生がいる図書準備室を訪ねてみませんか? そこには、あなたの知らない、面白くて少しだけ不思議な世界が待っています。
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